ピアノのある部屋から

ピアニスト、中添由美子がピアノのこと、教室のレッスンのこと、ロシアのこと、その他日々のいろいろを書き綴ります。

優先席

 「何やってんだ、若いくせに座りやがって!立て!」
 かなり前、東京の電車の中で年配の男性が優先席に座っていた20才くらいの女性を怒鳴りつけているのを目撃したことがあります。女性の方も人前で罵倒された腹立たしさで逆ギレしたのか言い返し、車内は騒然となりました。
 「二人とも何もあそこまで言わなくても…」そのとき私も含め、同じ車両にいた人の多くがそう思ったことと思います。前に老人が立っているのに席を譲らないで座っていた女性はもちろん良くないだろうけど、席を譲ってもらって当然、譲らないのが一方的に悪いという年配の男性にも何とも言えない不愉快さを感じました。

 その後、私は椎間板ヘルニアを発症して数か月動けない日々を送り、やっと少し歩けるようになって東京へレッスンに行きました。ちょうどパーヴェル(ネルセシアン)の初めてのレッスンが迫っているときでした。気持ちばかりが焦っても体は動かず、飛行機は優先搭乗を利用し(機内の車いすだけは断固として拒否しました)、信号の青延長用ボタンを使用しないと道路を渡りきれないという状態…当然、電車の中でも立っていることは不可能で、座席が空いていないときは優先席に座っていましたが、いつあのときの電車の中のように怒鳴られるかとヒヤヒヤしていたものです。(そのためどんなにみっともないと言われても私は必ず洋服の上からコルセットをしていました)
 実際は怒鳴られることなどはなく、逆に席を譲って頂いたり、立つときに手を貸して頂いたり、人の優しさに触れることとなりました。(あのとき助けて下さった方々、有難うございました)

 今年の6月にモスクワへ行って地下鉄に乗ったときに改めてこれらのことを思い出しました。モスクワの地下鉄はすべての座席が優先席です。車両の窓のところに大きく「お年寄り、身体の不自由な方、小さな子供を連れた方のための席」(まだ他にあったかも知れない)と書いてありますし、車内でも頻繁に「お互いに礼儀正しくなりましょう。お年寄り、身体の不自由な方、小さな子供を連れた方に席を譲りましょう」という放送が流れます。席を譲ることは別に勇気のいることではなく、ごくごく当たり前のことになっているのだと感じました。日本と同じようにスマホタブレットをやっていて(モスクワの地下鉄は全線にWi-Fiが入っているので、車内でネットをやっている人はとても多い)気がつかない人がいてもまわりの人が注意しますし、言われた方も当然という感じで譲っています。
 
 本来、優先席はこうあるべきでしょう。慣れない言葉や環境でクタクタになっていた私はこの光景を見るたびにロシアの人々の優しさを感じ、励まされました。
 今、ロシアは通貨ルーブルが暴落して経済的に不安定な状態に陥っています。もちろん不安なことはたくさんあると思いますが、あのとき見た人々の優しさがある限り、この危機も乗り切って行くのではないかと私には思えるのです。