ピアノのある部屋から

ピアニスト、中添由美子がピアノのこと、教室のレッスンのこと、ロシアのこと、その他日々のいろいろを書き綴ります。

スクリャービンの世界をのぞいてみよう

 今年の発表会の第3部は「スクリャービンの世界をのぞいてみよう」と題して19世紀末から20世紀初頭に活躍したロシアの作曲家アレクサンドル・スクリャービン(1872~1915)の作品をお届けいたします。
 コンサートや試験などでは頻繁に登場するスクリャービンの作品も一般のピアノ学習者にはあまりなじみのないもののようです。モスクワ音楽院の同級生であるラフマニノフに比べると「弾きたい」と言って持ってくる回数はぐんと少ないのです。私も初めてスクリャービンを弾いたのは大学に入ってからだったし、名曲集などの本に入っているものもほとんどありませんので、ピアノ学習者やクラシックの初心者にはあまり知られていないのかも知れません。
 実際には、特に初期の作品はメロディーの美しいものが多く、もっと知られても良いのではないかと私はいつも思っていました。

 彼の後期の作品は調性のある音楽から離脱し、ロマン派から神秘主義へと作風を変えていくので、難解なものが多いとは思いますが、今回私が演奏するのは、
    マズルカ 作品3-2
    エチュード 作品2-1
    左手のためのノクターン 作品9-2
のいずれも初期の3曲です。
 
 「マズルカ」はやはりショパンの影響を強く受けていると思います。昨年のショパンコンクールのときにいろいろなコンテスタント達のマズルカを聴きました。20代後半の頃マズルカの独特のリズムに苦労した記憶があったのですが、今回もう一度やってみようと決心して今年の初めからプログラムに入れています。
 「エチュード 作品2-1」、この曲がエチュードという名前がついていることを不思議に思う方もいるでしょう。エチュードと言えば「練習曲」で、速い動きのものをイメージされる方が多いかも知れませんね。しかし、この曲はどちらかというとゆったりした感じで、複数のメロディーをどれもよどみなく美しく歌わせる練習と言えるでしょう。

 最後の「左手のためのノクターン」は私にとって忘れられない曲になりました。
 昨年の発表会にいらした方はご存知と思いますが、昨年3月、発表会の直前に私は右手薬指の靭帯を損傷して自分の演奏をキャンセルすることとなりました。
 発表会のあと、毎年レッスンを受けていたパーヴェル・ネルセシアンに右手を怪我して演奏が不可能なのでレッスンに行けないとメールを書いたところ、
 「出口はたった一つ、左手の曲を勉強しなさい」という返事が返ってきて、この機会に左手を鍛えようと思って始めました。そして、自分の左手がいかに不器用でないがしろにされていたかを知ることになり、人生において無駄なことは何もないのだと思ったものです。
 左手だけで表現することはやはりとても大変で、この曲も随分時間がかかってしまったのですが、左手だけでこれだけのものが表現できるということに驚き、改めて目を開かせられる思いでした。

 昨年の発表会では自分が弾けなかった無念さをかみしめて家路に向かいました。今年は再び弾ける喜びを味わいながら発表会の舞台に上がりたいと思っています。