ピアノのある部屋から

ピアニスト、中添由美子がピアノのこと、教室のレッスンのこと、ロシアのこと、その他日々のいろいろを書き綴ります。

日本アレンスキー協会10周年記念コンサート

 5年前に仲間に入れて頂いた日本アレンスキー協会の創立10周年の記念コンサートが8月25日に札幌で行われ、私も出演させて頂きました。

 演奏したのはリャードフの「3つの小品 作品57」、ノクターン、ワルツ、マズルカからなる美しい小品集です。同時にテクニック面では指の完璧なコントロールと3曲それぞれの性格の違いの表現を必要とするものでした。超絶技巧で知られるリャプノフの「レズギンカ」の後で全く対照的な秘めやかな世界を表現しなければなりません。

 師匠のパーヴェル・ネルセシアン氏が一昨年全国ツアーを行った時、アンコールの最初に弾いていたのが一曲目の「ノクターン」でした。羽が生えたように軽やかでなめらかな旋律の運びが素晴らしかったのが印象に残っていて、同時に、自分にはこれは弾けないと思いました。

 その曲がやって来てしまったのです…

 これは試練だと思いました。自分で選曲をしていたら決して選ばなかったであろう曲でしたので、このコンサートを、どんな場面でも音楽の持つ世界を完璧に表現することを勉強する良い機会にしようと思いました。

 

 パーヴェルのレッスンに持って行ったときもこれ以上ないと思われるくらい細かく直されました。当時、特に最初の「ノクターン」は凄い苦手意識があったので、それを彼が気づかないわけがありません。一番言われたのは左手の旋律の運び方、恐らく私の左手の硬さに原因があったと思います。これはレッスンの後、左手だけでもコンサートに出られるくらい充実した隙のないものにしようと練習を重ねました。

 もう一つの問題が2曲目の「ワルツ」、3曲目の「マズルカ」のリズム感でした。ヨーロッパ人はこれらのリズムが身体に入っているので何の苦もなく表現できますが、日本人にとっては文化や言語の違いもあって、やはり考えなくては弾けないものです。パーヴェルも、舞曲のリズムは感じて弾けばそれでできると言っていましたが、多くの日本人の生徒を教えてきた彼は、多分感じるだけではできないことがわかっていたのでしょう。

「あなたは踊りをやっているのだから、踊りの振りを見て、動いてみて感じ取ると良いと思う」

と言われました。

 本当はバレエの個人レッスンに行ってワルツとマズルカの違いを勉強したいと思ったのですが、さすがに時間がなかったので、おびただしい数の動画を観て、見よう見まねで自分で動いてみて、何とかリズムをつかもうと必死でした。それでもギリギリまで2曲が同じようにしか聞こえないと言われていたのですが…

 

 そしてコンサート当日…

 

 考えつく限りのことはしてきたつもりでしたが、それでも突き上げてくるような緊張を押さえきれません。それでも昼食をしっかり食べて(私はどんなに緊張しても食欲だけは落ちない)、楽屋に戻ってメイクを始めたときふっと頭をよぎったことがありました。

 

 もし、自分がこのコンサートに選ばれないで、客席で聴くのと、今のこの緊張感とどちらが良いのか…

 

 やっぱり苦しくても出演者に選ばれて緊張感を味わう方が良いと思ったのです…

 

 舞台に出て行ったときは頭が真っ白で、あまり記憶がないほどだったのですが、何とか無事に演奏を終えて袖にたどり着きました。こんなに緊張したのは何年ぶりかと思うほどガクガクで、まわりのことは何も見えず、終わってからもしばらく震えが止まりませんでした。

 

 コンサート終了後、祝賀会にも参加させて頂きました。宴会で人と話すことは普段とても好きで楽しいのですが、この日は消耗しきっていた上に、どこに力を入れていたのかだんだん腰が痛くなってきて、中締めが終わったところでこれでは運転できなくなると思い、早々と帰って来てしまいました。

 

 このような自分では選ばないであろう曲に挑戦できたことは得難い経験になったと思います。この機会を与えて下さり、コンサート前も当日も本当にお世話になったアレンスキー協会の皆様に深く感謝いたします。今後もこの経験が自分の糧になるように精進していきたいと思っています。