ピアノのある部屋から

ピアニスト、中添由美子がピアノのこと、教室のレッスンのこと、ロシアのこと、その他日々のいろいろを書き綴ります。

ロシアだより 2014 その4

 前回の続き

   6月21日(土)
 モスクワ音楽院213番教室…この日ここで体験したことを私は決して忘れないでしょう。
 
 パーヴェル(ネルセシアン)とリサイタルで弾くプロコフィエフの「シンデレラ」を合わせるため、19年ぶりにモスクワ音楽院へ。ここに来たのは初めてモスクワに来たとき以来です。あの頃はロシア語も全く話せなかったし、まさかここの教授とペアを組んで、ここで2台ピアノの合わせをする日が来るとは考えてもいませんでした。

 余裕をもって出発したため、11時の合わせ開始の15分前に着いてしまった…守衛のオジサンにネルセシアンとリハーサルをすると言ったらいとも簡単に入れてくれました。ずっと教室の前で待っていた私に対し、彼は私が迷うのではないかと心配し、10分前から外で待っていたそうです。場所を間違えているのではないかと不安になっていた私は、後ろから「ユミコ!」と声をかけられて腰が抜けそうなほど緊張が緩みました。

 この日の合わせはみっちり2時間、私が迷っているところは一つずつ丁寧に取り上げていろいろアドヴァイスしてくれ、納得のいかないところはきちんと話し合い、聴く人がバレエの舞台を思い浮かべられるような演奏になるよう、二人で試行錯誤を重ねました。
 2台ピアノである以上、対等でなければならないし(しかも今回は私が第1ピアノ)、私が一方的に彼についていくのではいけないと思っていました。だから「ここはこうしたい」と思うことはどんどん言って彼の意見を聞きました。
 このバレエに対するお互いのイメージはとても似ていて、合わせはスムーズに進みました。
 そして、彼は私の中に眠っているイメージをいとも簡単に引き出すことができました。
 私の中で迷いが取れて、細部がピタリと合ってくるのが感じられました。

 1時少し前になって彼のレッスンを待つ学生たちが入って来ました。ひととおり全曲を通し終わったところで彼がフィナーレだけもう一回やりたいかと聞いてきました。もちろん「やる!」と即答。
 モスクワ音楽院の最高レヴェルの学生たちが並んでいる前で彼と「シンデレラ」のフィナーレを弾くという、後で考えたら恐ろしいことをしました。もっとも緊張するべきシチュエーションだったのに、私はひたすら彼とこの曲が弾けることが幸せで、緊張も何も感じなかったのです。こんなことは初めての経験でした。

 合わせが終わったとき、3人の学生が待っていました。私は4時からのタチヤーナ・ニコラエヴナのレッスンまで多少時間がありました。
 彼にレッスンを聴いていきなさいと勧められて、とても嬉しかった…ここではレッスンを聴かれたら嫌だという人は誰もいないのです。日本語が通じない世界なのに私はすっかりリラックスして聴いていました。
 皆、極めてハイレヴェルで、それに対して彼が言うアドヴァイスがまた興味深かった…こんな貴重な経験ができることは稀でしょう。ここは伝統あるロシア音楽の頂点を極めるところなのです。そして、彼もどこで見るよりも一番輝いて見えました。

 3時に教室を出て、お昼を食べてから徒歩5分のところにある附属アカデミーに移動してタチヤーナ・ニコラエヴナのチャイコフスキーの「四季」のレッスン。
 この日、全曲をもう一度通して弾きましたが、信じられないほど曲に入り込み、よくできてしまった…滅多に褒めないタチヤーナ・ニコラエヴナが「すごく良い」と言いました。
 これはやっぱりパーヴェルの「気」が乗り移ったとしか思えません。
 リサイタル本番でもこのように弾けるといいなあ…当日私に「気」を送ってくれる人はすぐそばにいるのだから…

 レッスンはこの日が最後だったので、タチヤーナ・ニコラエヴナにお別れを言って、日本に帰ったら必ずメールすると約束して、ロシアの美しい壁掛けをお土産に頂きました。今、白石教室のレッスン室に大切に飾ってあります。

 これで今回のレッスン、リハーサルはすべて終了です。

 次回はいよいよクリンのチャイコフスキー博物館でのことをお届けします。

 つづく。