ピアノのある部屋から

ピアニスト、中添由美子がピアノのこと、教室のレッスンのこと、ロシアのこと、その他日々のいろいろを書き綴ります。

恩師の訃報

 さすがに参っています…一昨日ホームページに写真が入ってウキウキしていたところに突然の訃報でした…高校から大学学部にかけて師事した先生です。
 そんなに体調が悪かったなんて知らなかったので、「毎年年賀状を下さるのに今年は来ないな」と思っていたところでした…

 真っ白になった頭を必死で回転させ、パソコンの住所録を開け、門下生で現在連絡がつく方に電話。告別式は東京で、札幌市に住んでいる私はどうしてもスケジュール的に無理なので、涙を飲んで弔電の手配。今何をしなければならないか頭が回らないまま昨日一日が慌しく過ぎました。同級生が門下生でお花を出す手配を全部してくれて本当に助かりました。

 とにかく怖い先生でした。初めてレッスンに伺ったのは、確か高校2年のとき。ピアノ科で受験したいという私の演奏に「うーん!そのレヴェルじゃねえ…」という感じのことを言われたのは覚えています。しかしそのあと続けてレッスンに通うようになり、大学でも門下に入れて頂き、学部卒業までお世話になりました。大学時代は譜読みも仕上げも遅い私に毎週山のような宿題「何が何でもやって来い!」と言われました。(この経験が後にモスクワに行ったときのレッスンで役立ちました)
 学部3年になると 私は公開レッスンや学内演奏会などに選ばれて出るように。でも不器用で仕上げも遅い私に先生はハラハラし通し。(確か 公開レッスンに初めて私が出演したあと、先生が風邪で寝込まれたことがありました)そして大学院をクロイツァー記念賞を頂いて修了することが決まったときは本当に喜んで下さいました。

 今夜がお通夜です…直接伺ってお別れができる東京在住の門下生の方が羨ましいです。

 ところで私が車の免許を取得したとき一番心配して下さったのも多分先生だと思います。こんな不器用な人間がなぜ免許が取れたのだろうと思われたようです。毎年参加させて頂いていた門下生発表会に行くと、いつも奥様に「運転の方はどうですか?」と聞かれました。
 夕べもピカピカに凍った道路をノロノロ運転しながら帰る私を あの世から見ていらして「うわーっ!遅いねえ。これで大丈夫なのかねえ…」と言っていらしたかも知れません…