ピアノのある部屋から

ピアニスト、中添由美子がピアノのこと、教室のレッスンのこと、ロシアのこと、その他日々のいろいろを書き綴ります。

アメリカだより2016 第2回(全5回)

前回の続き

   10月12日(水曜日)
 宿の朝食は毎朝楽しみでした。
 朝8時に朝食に上がって行くとちょうどその日のNHKのニュースウォッチ9(日本時間午後9時から、このときの時差はマイナス13時間)をケーブルテレビでリアルタイムに放送しています。ここだけは日本語の世界で、しばし外国にいるということを忘れました。

 この日のレッスンは「バッハの日」、一番緊張しました。
 パーヴェル・ネルセシアンのバッハのレッスンをずっと聴きたいと思っていたのですが、日本ではかなわなかったので自分で持って行こうと思って準備したのです。
 まず、平均律の1巻の23番と2巻の15番、そしてフランス組曲第5番です。
 バッハの演奏に関しては長年迷っていたし、コンサートで弾く曲に追われて自分で勉強するのを避けていたところがありました。音源を聴いてもいろいろな解釈があり、どれが正解ということがない。しかも現代のピアノだけではなくチェンバロなどの古典楽器でも演奏され、これはまた演奏法が違います。今までいろいろな奏法を習ってきましたが、自分が現代のピアノで弾いたり、生徒さんに教えるのにはどれを取捨選択したら良いのかわからなかったのです。
 平均律のフーガに関しては、ただ単に主要なテーマを大きく弾くだけではいけない。各声部にテーマが登場するときにいろいろな表情の響きがなければならないと。彼の弾くのを聴いているとPPでテーマが出てくるときもあるのだけど、テーマは一段違う響きがして、「なるほど、こういう弾き方もあるんだ」と納得させられることばかりだったのです。
 そしてフランス組曲、8月に母校、国立音楽大学の北海道同調会でバロックダンスの講習会(もちろんこういう講習会に行ったことは彼に話しました)を受けたときの踊りの感覚を演奏に取り入れようと、いろいろ試行錯誤しながら(舞踏譜も読み解こうと思ったのですが、これは難しくて挫折しました)準備をしました。
 結果は素晴らしいものになりました。彼に言われたこととバロックダンス講習会で習ったことがぴったり一致し、今までよくわからなかった自分の中の古典舞曲のリズム感が確立してくるのがわかりました。この日を境に私のバッハの演奏は大きく変わったと思います。

 レッスンが終わると彼はガイドに変身…レッスン室の窓から見える景色を見ながらボストンの名所の解説を始めます。
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彼の一番のおすすめはまずやっぱりボストン美術館(Museum of Fine Art)、イザベラ・ガードナー美術館の2ヶ所、この日はレッスンの後3時半頃まで練習した後、このままではどこへも行かないで帰る日が来てしまうと思い、最寄りのBoston University west駅から地下鉄(このあたりは地上)に乗ってふらりと出かけました。
 ボストンの地下鉄はモスクワより手ごわい…
 ボストン美術館に行くにはCopley駅で同じグリーンラインのE線に乗り換えるのだが、どこで乗り換えるかがわからない…
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 さんざん迷った末にとうとう改札を出てしまい、このあたりのボストン公共図書館、ジョン・ハンコックタワーやトリニティー教会などを見ることができました。
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そして、やっとボストン美術館にたどり着いたのだけど、あまりにも時間が遅くなってしまったので、少しだけ見てまた出直すことに…
 しかし、結局これがボストン唯一の観光になってしまうのです。

   10月13日(木曜日)
 この日のレッスンはまたロシアものに戻って、プロコフィエフの「4つの小品 作品32」とチャイコフスキーの「ドゥムカ」。
 プロコフィエフは「ダンス」「メヌエット」「ガヴォット」「ワルツ」の4曲からなっています。2014年の私のリサイタルで彼と2台ピアノで「シンデレラ」(プレトニョフ編曲)を共演したときと共通点が多くあり、いろいろ考えて準備をして行ったのですが、考え過ぎているところもあったし、考えの及ばないところもありました。前日のバッハのフランス組曲のレッスンもとても役に立ちました。
 彼のレッスンを受けるようになって今年で5年目、私が長年バレエを習い、舞曲において踊りと音楽の結びつきが感じられる演奏がしたいと常々思っていることを彼はよくわかっているので、踊りの知識があるのに、どうしてそれを音に生かそうとしないのかと怒られることもよくあります。
 私がボストンに着いたときから彼は私がニューヨークを訪れることを強く勧めていました。いろいろな作品に登場し、アメリカでもっともアメリカ的なところ…初めてアメリカに来て、しかもボストンまで来ているのだから行くべきだ、と言っていました。実際ボストン、ニューヨーク間は370キロ、飛行機なら1時間、列車でも4時間です。
 出発する1か月ほど前に私のバレエの先生がフェイスブックに記事をアップしていて目に留まったのがニューヨークシティーバレエの公演「21世紀の振付家達」でした。4回ある公演の最後が10月15日で、この日ならボストンにいるから行けるかも知れない、ただちょっと遠いかな、と思っていたのです。
 ちょうど14日は彼はニューイングランド音楽院での公開マスタークラスのためレッスンはお休みです。
 これを観に行こう…そう決心して彼に伝えました。
 乗り物が大好きで詳しい彼はチケットの取り方を丁寧に教えてくれました。
 最初、飛行機で行くことを考えましたが、直前なのでとても高く、片道300ドル(30000円)以上しました。飛行機は景色も見えないからつまらないし、空港までの往復も両都市ともかなりかかりますから、結局列車と同じくらいの時間になるのではないか…アメリカ鉄道(アムトラック)のサイトで検索すると、往復250ドル(25000円)くらいで行って来られるようです。
 慣れぬ英語と格闘しながらわからない単語は辞書を引き、申込みを済ませるとすぐに登録したメールアドレスにEチケットが送られて来ました。
 ホテルと公演チケットを予約すると準備完了です。
 まさに降ってわいたニューヨーク行きでした。アメリカに来てまだ間もないのに、もう初めての列車での一人旅です。緊張はしていたけれど、何だかとてもワクククしていました。
 宿の猫ちゃんChibi(レッスンの疲れはこのコが癒してくれました。子猫の頃は小さかったんだろうね)、行って来まーす。
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次回はニューヨークでの2日間の様子をお届けいたします。