ピアノのある部屋から

ピアニスト、中添由美子がピアノのこと、教室のレッスンのこと、ロシアのこと、その他日々のいろいろを書き綴ります。

ペトルーシュカの病

 「一番難しいピアノ曲って何ですか?」
 こういう質問をよく受けます。自分の弾いている曲のレヴェルがだんだん上がって行くにつれ、この難しさ どこまで行くんだろう、と思うのはもっともな話ですよね…
 「難しさ」といってもいろいろあります。テクニックがとにかく難しいものもありますし、指を速く動かすことがなくても集中力を保つのが大変なものもあります。
 でも 多分皆さんが一番知りたいのは、テクニック的な難しさですよね…

 星の数ほどあるピアノ曲から一つを選ぶのはとても難しいのですが、私が今まで弾いたピアノ曲(一人で弾く曲)の中でテクニックが一番大変だったのは ストラヴィンスキーのバレエ「ペトルーシュカ」からの3楽章 だったと思います。(バレエ音楽を作曲者がピアノ用に編曲したもの)
 まず私の手ではかなりギリギリ…10度(ドからオクターブ上のミまでの音の幅)が延々と続き、当然ながら譜面はたくさんの音で真っ黒…

 2006年のリサイタルで 私はこの曲に挑戦することに…前年 ロシアのピアニスト セルゲイ クドリャコフのリサイタルでこの曲を聴いたことがきっかけでした。リサイタルの後 セルゲイといろいろ話をしていてどうしても弾いてみたくなったのです。
 一度決めると後へは引けない性格…気がつくともう譜読みを始めていました…

 甘いものではなかった…テクニックもさることながら、細部にわたる細かい練習が要求されることでもケタはずれでした。
 それでもなんとか譜読みをクリアして、レッスンのため東京へ。

 その日のレッスンで モノスゴイ気合で私はこの曲を弾きました…自分の中のあらゆる力を引っ張り出して、コンサートではなくてレッスンではちょっと異常なテンションの上がり方だったのです。

 「よーし!」
 先生にそう言われた途端 上がっていたテンションは急降下し、羽田空港に着くと疲れてまっすぐ歩けない…その上 帰りの飛行機の中で吐きまくって…苦しくて苦しくてもう死ぬかと思った…

 「ペトルーシュカの病」と家族に笑われながら、その後モスクワへ行って細部の仕上げをし、聴く人がバレエの場面を思い浮かべられるように主な振り付けまで覚え、この年と翌年 何度かこの曲を弾きました。

 あんなに苦労したのになぜか「もうイヤだ」とは思えないんですね…

 また この曲が弾ける日が来るといいな、と思っています。