11月の「パーヴェル・ネルセシアン、ピアノリサイタル日本ツアー」から約1カ月が過ぎました。ツアーののほとんどの部分に帯同していたのですが、2台ピアノで共演した演奏については自分のできる限りのことはやったと思えます(反省すべきところはもちろんたくさんありました)。しかし、たった一つだけ悔いが残ったことがありました。それがロシア語でした。
ツアーに帯同すると決まったとき、できるだけ自分のロシア語力を高めてパーヴェルを迎えたいと思い、今年の4月からロシア語の個人レッスンに通い始めました。授業を受けると自分の中で眠っていたロシア語が蘇ってくるような感じがして、とても快感でした。6月までは順調に通えたのですが、7月に猛暑の東京でコンサートが続いたあたりから休みがちになり、9月にメニエールを発症してからはとうとう通えなくなってしまいました。10月、症状が一段落したとき何とか復帰しようと思ったのですが、コンサートのチケット業務も重なり、そのままツアーを迎えることになってしまいました。
ツアー中初めてパーヴェルに会ったのは11月23日、岐阜の宿泊先の朝食レストランでした。ホテル自慢の幕の内弁当を食べていると、彼が来て向かいの席にすわりました。
このときは少し緊張したのですが、お喋りをしながら食べているうちに少しずつ私の頭はロシア語を思い出してきました。
あとは何とか気合いでツアーを乗り切ったのですが、夜疲れてくると話が聞こえなくなったりして大変だったときもありました。
最終の札幌公演の日、帯広から札幌に移動して、札幌駅のホームに主催者の通訳さんの顔が見えたときは物凄く気が抜けました。
「やっとロシア語から解放される…」
というのが本音だったと思います。
同時に「きちんと授業に行けていたらもっと上手にアテンドできただろう」という悔しさもこみ上げました。
このあたりは来年以降の課題ですね。
今は道路が悪く授業に通えないので、家でロシア語のYouTubeを見ています。
今見ているのはロシアのトラックドライバーのVlog、モスクワからハバロフスクまで日夜運転して荷物を運んでいます。その距離8000キロ以上…シベリアの大地の道路はどこまでもどこまでも続いています。冬季、気温はマイナス30度以下…まあこれだけ寒いと全く滑らないですが、一人で走っているようなので、車が故障したら命にかかわります。
しかし、この厳しい条件下でしか見られない景色が満載で、見ていてとても楽しい…
来年雪が溶けたらまた授業に通う予定でいます。